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渡邊博史『生ける屍の結末』を読んだ

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

黒子のバスケ脅迫事件の犯人の書いた本。

第1章は、事件を起こした時の状況、行動、犯行資金をどうやって稼いだか、日々の暮らしなどが細かく書かれている。私は買い物の金額や場所の移動などの具体的な記述を読むのが好きなので読んでいて面白かった。資金を数百万円最初から用意できていたら完全にやり遂げることができたとあり、犯罪を起こすのにもお金が大事なんだなと思った。

第2章は3つに分かれている。裁判が始まった当初の冒頭意見陳述と、質疑応答形式の著者の生い立ち、判決が下りたあとの最終意見陳述だ。

冒頭意見陳述は、著者がこの事件を起こした理由は格差によるものだというもの。5ch(2ch)でよく語られる嫌儲の思想みたいなやつ。

最終意見陳述では、ある本の差し入れをきっかけに自身の生きづらさは被虐うつと呼ばれる特殊なうつを原因にしたものであることに気づき、著者が抱える生きづらさを3つの軸に分けて分析し、それにより事件を起こしたという。

3つの軸とは「社会的存在と生ける屍」、「努力教信者と埒外の民」、「キズナマンと浮遊霊」のこと。社会的存在とは、社会(人と人の関係性)の中で自己を確立してる者のことで、子供の頃に養育者に適切なしつけを通して安心をあたえられ者のこと。対して生ける屍とは、社会の中で自己を確立できず、居場所や社会にあるという実感を持てない者のこと。社会的存在は社会のルールを内在化しておりルールを守った際のメリットを知っているが、生ける屍は内在化しておらずしたがってルールを守った際のメリットも知らないので、メリットを教授するためではなく、怒られないために行動するようになる。努力教信者とは、 努力したら報われる、もしくは努力しなかったから報われないという価値観を持つもので、埒外の民とは、不可抗力的に努力ができなかったり、努力することで報われるという実感がない者。キズナマンとは、社会と自身の関係をいくつも見出している者で、それがないものが浮遊霊。著者は特殊なしつけといじめによって被虐うつに似た状態になり、生ける屍になり、埒外の民になり、それにより社会的な関係がないために浮遊霊であったという。

冒頭意見陳述から最終意見陳述への変化が熱かった。きっかけになった本、高橋和巳『消えたい』を読んでみたいと思った。

読んだきっかけはネット上に上がっていた冒頭意見陳述最終意見陳述を読んで面白かったので。